カズキさん、


昨日は貴重なコメントをいただき、ありがとうございました。


> 最近またひとつ感じたことなのですが。
>「同じものだと思う」という感覚が
> なかなか有効に使えるのじゃないかと感じています。
> サッカーだとボールなんですが、
> ボールも含めて自分やと思う、
> もっと言うと地面も含めて自分やと思う、
> 自分は自然の一部や、と思いながら動かすと
> あーらすんなり体が動くということに気づきました。



絶句です。全くその通りだと思います。


「全てが同じであること」「全てが一つであること」という意識は
最近の心理学業界では"oneness"(ワンネス、one + ness)と呼んでいます。
また、仏教的な考え方でもありますよね。


井筒 俊彦先生の言い方だと、「花が存在している」のではなく
「存在が花している」となります。


意識と本質―精神的東洋を索めて


つまり、「花」とか「石」という、別個の存在がバラバラに存在しているのではなく
「存在」という、世界の全てを包括する本質が、「花」という形をとったり、「石」
という形をとったり、「futaro」という形をとったりする。しかし、全ては究極的には
全て「同じもの=存在」なのですよね。


哲学や心理学の用語を使うと難しくなりますが、
カズキさんがご自身の体験と思考でたどり着いた
考え方や説明の方がはるかに分かりやすい!


> まだまだ研究中ですが、ダンスの場合例えば
> 巧い人の動きと自分は「同じもの」と思ったり、
> パートナーと自分は一つのものと思ったり
>(精神的なものじゃなくて実感として)
> フロアと自分は一体なんだと思いながら踊ってみると、
> 少し今までと違う感覚が芽生えると思います。


ダンスの経験がない(ですよね?)カズキさんが、
ここまで本質を言い当てていることに感動しました。
やはり、何か一つの分野で突き抜けた人は、
他の分野の本質も分かってしまうのだなあ、と
改めて思いました。


リーダー(日本では、便宜上男性をリーダーと呼ぶ場合が多いです)と
パートナー(女性)が好き勝手にバラバラな動きをしていては、
いい動きはできません。


リーダーとパートナーが、「共同作業でひとつの動きを作っていく」
「リードする立場とフォローする立場という役割を、男女それぞれが
引き受けて、主張すべきときは主張し、譲るべきときは譲る」という
意識を持てたとき、美しい踊りが誕生する可能性が生じます。


そして、男女2人のカップルだけでなく、フロアや音楽、さらには
観客と一体になって踊る「輝く瞬間、光る瞬間」というのがあります。
そのような時は、本当に oneness の意識状態になるんです。


難しい道ですが、せっかくダンスをやっているんだから、そのような
意識を目指すダンサーになりたい。自分のエゴや虚栄心ではなく、
見ている人に感動を与えられるようなダンサーになりたい。


自分の狭い「エゴ(個)」を超えて、
「超個」(transpersonal、トランスパーソナル)の意識状態を
目指すのが、トランスパーソナル心理学です。

http://www.ne.jp/asahi/jta/akss/


私は、トランスパーソナルダンサーになりたい(!?)


こんなことを考えされられました。



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