寝ながら学べる構造主義 (文春新書)
内田 樹
文藝春秋
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p.12

知的探求は(それが本質的なものであろうとするならば)、つねに「私は何を知っているか」ではなく、「私は何をしらないか」を起点に開始されます。


これは、良い意味での「素人の視点のススメ」だと思います。「私が知っていること」を積み重ね、周りに披瀝するのが「知識人」の本来の姿なのではありません。本当の「知識人」とは、細かい死んだ知識を溜め込む人なのでは決してなく、根源的に物事を考え続ける人のことです。


同じことは「教養」にもあてはまります。1年以上前にも書きましたが
http://d.hatena.ne.jp/futaro1968/20061127
教養も、決して「辞書や百科事典に書かれていることを詳細に知っている状態」を指すのではなく、悪しき専門主義に陥ることを防ぐために「疑う力」「物事の根源を考えようとする力」のことを指します。


内田樹先生は、武道との対話を通じて「体」のことをしっかり考えられていることが大きいのではないでしょうか。「体」のことを蔑ろにする知性は、どこかで偏りが生じる。


p.13

 それにしても、「自分の知らないこと」をたねにして本を書いたりしてよいものか、というご疑念が出されるのもごもっともです。しかし、「自分の知らないこと」を本に書くのは「あり」です。なにしろ「知らない」ことを調べながら書く自転車操業ですから、どの主題についても、噛み砕きにくい概念や理論については、「ついさきほど、『あ、なるほど、そういうことね』と膝を打った」という「出来立てほやほや」の状態にあります。


そう、その「出来立てほやほや」の「噛み砕かれたばかり」の解説が、実は一番分かりやすいんですね。なぜなら、それは「分かる人」の視点ではなく「分からない人の視点、弱者の視点」による解説だからです。


私は、大学時代に、生意気言いたい放題だった後輩に「野口さんは、英語が苦手な人の気持ちが、結局はよく分からないんですね」という痛烈な言葉を浴びて以来、この「分からない人の視点」を大切にしてきました。私は英語圏の大学院へ留学を目指す方を中心に英語を指導しているのでよく勘違いされるのですが、私が一番得意なのは「英語嫌いを好きにすること」「英語をゼロから学ぶ人を支援すること」です。


私は

① 物事を「根源的に」考える
②「知らないこと」を起点に考える
③「分からない人の視点」を軸に考える

の3つの方針を大切にして、これからも物事を考えていきたいと決意を新たにしています。頑張ります!


さて、構造主義については、また次回以降に・・・