反哲学入門
反哲学入門
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木田 元
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私は、小学校の卒業アルバムのコメントの中で
「将来は、世界に誇る哲学者か数学者になりたい」
と書きました。誇大妄想は今に始まったことでは
ないようです。(苦笑)ま、確かに今でも哲学が
大好きですし、仕事でGMATの数学を教えてはいますが、
世界に誇れることは何もしていません。ははは・・・


私をいじめた女の子と私が担任のS先生に呼び出され、
「彼女(女の子)の人間性が問題だ!」(苦笑)と
糾弾したら、S先生から、「そんな訳の分からないことを
言うからいじめられるんだ!」と叱られました。「人間性」
なんて難しい言葉を使うこと自体が良くない、という主旨で
怒られました。まあ、私の発言は内容的には正しかったと
思うのですが(笑)、嫌なマセガキであったことは認めます。
いじめられたのも当然かもしれません。ふう。


閑話休題。

p.2 〜 p.3


(略)以前から自分のやっている思考作業は、「西洋」という文化圏で
伝統的に「哲学」と呼ばれてきたものの考え方とは決定的に違う
ところがあると思っていました。(略)「哲学」というのは、やはり
西洋という文化圏に特有の不自然なものの考え方だと思うからです。


木田元先生は、「反哲学」という立場をとり、「哲学は不自然なものだ!」
という、大胆な発言をされています。もちろん、哲学といってもいろいろな
流派があるわけでして、木田先生のお考えでは、、ニーチェ以降の西洋哲学
には、「反哲学」的な姿勢があるわけですが。


ニーチェ以前の西洋の哲学には、根本に「理性」「真理」「イデア」
等への信頼があります。そして、その「理性絶対主義」の背景には、
ある程度「一神教」特に「キリスト教」の影響があることは否定
できない事実だと思います。世界は神(一神教的な意味での神)に
よって作られたのであり、そこには人間存在を超えた秩序が存在
する、と。そして言語というものは、その「普遍的な真理」を
表現するための「手段」に過ぎない、と。このような考え方を、
丸山圭三郎先生は「言語名称観」と名づけて批判しました。


いわゆる「哲学者」と呼ばれている人たちの中には、頭で考えている
こと(=西洋の哲学、西洋的なものの考え方)と、日常の立ち振る舞い
が乖離(かいり)している人が少なからずいると思います。本人は
哲学的な原理で人生を律していると考えているが、実際の生活では
日本独特の「世間の論理」や「村社会の原理」で動いている。そして、
その矛盾に自覚がない場合がもっともたちが悪い。このあたりは、
阿部勤也先生の「世間論」や、山本七平先生の「空気の研究」、
小室直樹先生の「危機の構造」等の名著で論じられている「日本論」
に共通する問題意識だと思います。これらの書物は、狭義には哲学書
ではないかもしれませんが、西洋の論理で頭でっかちになる「毒」
に対する「解毒作用」を持つ、必須の「哲学書」であると私は考えます。


中途半端に西洋哲学を勉強すると、人生を狂わす可能性があります。
普遍的な「哲学論」なんて存在しません。「日本人にとっての哲学論」
「日本文化というフィルターを意識した哲学論」でないと、学問と
人生が矛盾をきたしてしまう。「日本人である自分」「多神教の伝統を
引き継ぐ日本」とちゃんと向き合った上で「哲学」を語りたいものです。


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