さだまさし
「先生、旅に出ても、すぐ家へ帰ってしまうのは、
自分の執着心のせいでしょうか?」


森敦
「人は帰るために旅をする。漂う為に非ず」




15年ほど前、横浜にて。


肌寒く、雨がしとしと降っている。雨好きの私にとっては絶好の散歩日和。
肌寒さは、弛緩した心に緊張感をもたらしてくれる。関内駅を降りて15分
ほど歩き、シャンソンの店「デュモン」へ向かう。今日は社交ダンス仲間の
Sさんのライブ。Sさんの歌を聞きながら、走馬灯のように駆け巡る過去の
想い出に身をまかせる。今日のラストナンバーは「青春の旅立ち」。
<若いうちなら、一文無しになって帰ってきても許してもらえるー> 
フロムAで探し当てた沖縄での塾講師の仕事でひどい目に遭い、文字通り
一文無しになって帰ってきた私を笑顔で受け止めてくれた家族や友人の
ことを思い出し、思わず涙が出る。


「人は帰るために旅をする。」アメリカ、オーストラリア、沖縄、と
居場所を求めて彷徨ったのは、横浜へ「帰る」ためだったのだと気付か
された。いじけた少年時代を過ごしたのは私自身のせいであって、決して
日本や横浜が悪い場所だったわけではなかった。勝手なあこがれを抱いて
遠回りをした挙句、私はようやく自分の中に眠っていた「日本人としての
宿命、日本人のしての魂」の存在に気付くようになった。


友人と別れて、1人で「ルタンペルデュ」に寄る。
女性ボーカルとベースだけのデュオ、というシンプルで渋いライブを
やっていた。女性の透き通った声と、ずっしりと落ち着いたウッドベース
とのハーモニーが心を落ち着かせてくれる。店内には男の客が4人程。
ライブが終わると、一緒に仲良く飲み始めた。私は一部始終をカウンター
から一人でぽつんと眺めている。


昔の日本には、地域に根ざしたコミュニティー、すなわち「世間」が
今よりもしっかりと存在していた。近代化、アメリカ化のあおりで
世間はばらばらに解体し、会社、学校、趣味仲間、飲み屋の常連連中、
等の「世間もどき」が、不安定に点在しているのが現状ではないだ
ろうか。


終電の時間になった。世間へ帰ろう。もし帰るべき「世間」がないの
なら、自分で作っていこう。もし日本が壊れてしまっているのであれば、
日本を作り直していこう。