新潮社 (2006/03)
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この本は、河口俊彦氏による、故・大山康晴十五世名人論です。
将棋に興味がない方にも是非読んでいただきたい人間論です。
今日はまた将棋の話です。私がブログで扱うテーマの中で、
一番読者の期待度(?)が低いのが将棋ネタだろうと想像できるのですが、
只今将棋にハマっているのでお許しを。(GMAT, TOEFLネタも書きます!)
この本は、タイトルが示すとおり大山康晴論なのですが、私は第四章で
登場する故・山田道美(みちよし)九段の生き様に考えさせられることが
多かった。山田道美九段は、大山名人に挑戦したこともある名棋士でしたが
昭和45年に病気により36才の若さで急逝しました。対四間飛車の「3五歩」
「同歩」「4六銀」からの急戦「山田定跡」で名を残している名棋士です。
p.141
あるとき新宿の赤線に遊びに行くことになった。そのときに山田の軽蔑の
まなざしは忘れられない。「堕落してる」と吐きすてて立ち去った。
「飲む・打つ・買う」が将棋指しの文化だった時代に、山田は高潔の士だった。
p.149
当時の若者は、誰でも一度くらいは「人生いかに生きるべきか」を考えた。
そんな最低限の哲学すら考えない棋士達を、堕落しきった連中と蔑んで
いた。北村、芹沢とは特に仲が悪く、たがいに眼をそらせた。北村、芹沢は
丸田に可愛がられ、丸田に連なって大山がいた。こちら側では山田を、
鼻もちならぬ奴、とせせら笑っていた。山田は反体制側の一匹狼となら
ざるを得ない。
p.170
なにしろ、西洋古典音楽を好み、ドイツ文学を原書で読むというのだから、
ちょっとした教養人である。将棋指しといえば、坂田三吉とか升田幸三
というイメージがあるから、それにくらべれば異色である。
そして、山田は、先日史上初の1000敗という記録を残した加藤一二三
(ひふみ)九段と交友があったらしい。加藤は敬虔なカトリック信徒
として有名だ。二人はまじめな求道者としての共通点があった。
p.152
二人(風太郎注:山田と加藤)の交友をうかがわせる文章がある。
加藤が二十歳で名人戦挑戦者になったときに書かれたもので、(略)
「ピンさんの勝負手」と題するエッセイは、名人戦の予想から
書き出される。
以下、山田の文章を、この本(大山康晴の晩節)から孫引します。
p.153
銀座の人波は、久しぶりにこの都心へ出たボクを驚かせて、
こんなことを言わせた。
「この中に、真に生き、生きるに値する人は何人いるのかしらね―」
「いや、みんなムダ手だと思うナ」
加藤君はぽつんと言った。
うーん、そうか。なるほど。「まじめな人」や「求道者」の中には、
遠回りの人生や遊びにうつつを抜かす人の人生を「無駄」と一刀両断する
傾向が確かにある。そのような「まじめな人」の本音の具体例として、
この加藤の言葉は強烈だ。
そして、山田や加藤のような「まじめな人」からは、たとえば奔放な
洒落人・米長邦雄永世棋聖の魅力は見えづらいのかもしれない。
「みんなムダ手」と考えるのか、「全てのことには意味がある」と
人生を捉えるのか。あなたはどちらですか?
私は「全てのことに意味がある」派です。
追記
私は加藤一二三九段のことが嫌いなわけではありません。
将棋世界最新号のインタビュー記事は面白いですよ。
是非ご一読を!